ヒートショック

外風呂の裸電球寒月夜

ヒートショックに気をつけろ。

内風呂の時代ですら暖房の効いた部屋と脱衣場や浴室には温度差があって、毎年かなりの命が失われているというのだ。
まして昔の外風呂、外厠の時代、多くの人が今でいうヒートショックで命を落とした。
親類にも明け方の外厠で急死したものがあり、当時はこうした事故は特段珍しいものではなかった。
真っ暗な庭を横切る背には青々とした冬の月。
寒々とした浴槽の天井には黄味をおびた白熱灯。
すきま風だらけの浴室では半身浴とはすましてはいられず、肩までずっぽり浸かるのだった。
そりゃあ、血圧の乱高下で心臓にはいいわけないわな。

月冴える

寒禽の鋭声や月の利き刃

ヒヨドリの甲高い声が響き渡る。

中天を眺めれば、匕首のように鋭い月が青い空に凄惨な白さで浮かんでいる。
これは数日前の光景だ。今日の月は半月。冬の冴え冴えとした月が見下ろしている。

改良

午後よりの籬影なす冬の薔薇

ヒバの生け垣に沿ってバラが展開している。

午前中は日がいっぱいにあたるのだが、午後になると生け垣が影を作り寒々とした空気が漂う。
こうした条件のせいかどうか、意外に花保ちがよくて寒に入ってもまだ咲いている。品種改良盛んなバラのことなので、こうした冬に強いものが増えてきているのかもしれない。
この分で行くと、寒さえのりきって春まで保つかもしれない。

蝶を寄らしめ

二タ本に枯れて榎の路守る

両足をふんばって仁王立ちのさまである。

夏は大木となってこんもりとした影を作り、その葉には蝶が寄ってくることで知られている。
秋には小さな実をいっぱいつけて鳥たちの餌。
生きものにとってもありがたい木だが、人間にも縁あって一里塚によく用いられたそうだ。旧国道などを走れば、こんもりと土が盛り上がって塚のようになっているところに大きな独立した木が立っているのを見ることがある。松も用いられたそうだが、丸くこんもりと茂っていればまずは榎とみて間違いない。
当地では、郡山城下で見られるのがそうではあるまいか。一里塚ではないが、町の入り口に標として植えられた例では、中世寺内町として栄えた今井町にも古い榎の大木がある。
調べてみると、榎はよく根を張るので堤防の固めにも用いられたようで、木津川堤防の木などは京都の自然200選に入っているほどで地元から親しまれているようである。

大和日和

寒梅を香り少なく過ぎにけり
枝寄せて匂ひ引き寄す寒紅梅

ぽかぽかの大和日和。

さそわれて公園の紅梅が咲き始めたようだ。
上枝、下枝にびっしり蕾をつけて、裾に広げた枝のあたりはもう何輪かが固い花を開いている。
寒に入って一週間ほどだから今年は少し早い。
寒を深くしてまだ寒くなるだろうが、錯綜しつつ春への動きも忘れなく進んでいる。

実生

南天の玉のこぼれてゐる旦
南天の実生の苗の実をたんと

苔の庭のあちこちに鳥が落としたと思われる南天が芽生えている。

しかも、30センチ足らずの小さな苗がことごとく実を生らせている。
その赤い玉がアクセントになって、広い吉城園の景色を引き締めているのだ。
なかにはこぼれて朝日が当たりきらきら日を返しているものもある。
こうしてみていると、つくづく南天はお目出度い景に似合っているように思える。

日帰り

遠雪嶺熊野はるかに在します

雪嶺というには早く、冠雪という方が正しいか。

山上ヶ岳、釈迦ヶ岳、八経ヶ岳の連山が薄ぼんやりと白い。これが来月になるとまごうことなく真っ白な姿を見せてくれるのだが。
山容がくっきりと浮かぶと寒々しささえ覚えて、熊野はますます遠く思われるのだ。
片道4時間ほどで着くであろう熊野は、猫どもをかかえていると簡単に日帰りもかなわず、ひたすら思う存在であり続ける。