吸収

竹林を抜いて冬日の閑かなる

竹林からもれてくる日差しがまぶしい。

いつもなら鵯の声が大きく増幅されるほど賑やかなのだが、今日は深閑としている。
もれてくる冬日さえ竹林に音を吸収されたかのように閑かな気がするのである。

鷹日和

身を折りてあとは野となれ枯尾花

腰痛コルセットがようやく外れた。

久しぶりの万歩ウオーキングである。
朝こそ冷えたが昼間の天気転は申し分なく、ウオーキング日和。
今年の楓の紅葉は今ひとつだが、欅や櫟、樫の黄葉がすばらしい。
とくに今日は櫟、樫類の黄葉がみごとで、見上げれば青天とのコントラストも素晴らしく、何度も何度も足を止めるのであった。
欅はというとすでにピークは過ぎたようで、ちょっとした風でパラパラと降ってくるものも。
大鷹が悠揚と空を舞い、翻るときの瞬間に陽光が胸や腹にさして、それはそれは印象的な眺めである。
双眼鏡に小さな点となるまで追いかけて、その先をみると盆地をはるかに横切って斑鳩の方向へ向かっているようだった。

和の演出

水景の一点景の石蕗の花

庭園の枯れた水景がぽっと灯ったように見える。

石組みだけであたかも水流のように演出した造りのところどころのほとりに石蕗の花が咲いている。
この季節、無味乾燥な石組みの水景に生きているのは石蕗の花だけであるが、この花によって水景にまるで水が流れているかのような演出効果をもたらしているのである。
無機物と有機物が醸し出したいかにも日本的な光景である。

冬の庭

さきそめて柊いまだ香らざる

昨日蕾があると書いたが、今朝見たらいくつか開いている。

ただ、開いたばかりとみえて香りはまったく届かない。
あと数日待たねばならないか。
千両、南天の実といい、いよいよ冬の庭らしくなってきた。

身のほとり

狭庭にも黄金吹きそめ実千両

千両の実が色を深めだした。

植え込みの千両は赤ではなく黄色の実で、いまはまだ蜜柑の出始めるころのような青みを残しているが、あとひと月もしないうちに混じりけのない色に熟すものと思われる。
二本植えたのが、一本は去年から具合が悪くて今年はとうとう枯れてしまったようで寂しくはなったが、残った株がその分ひとまわり大きくなったようで、南天の実と並んで玄関先を潤してくれている。
千両の先には柊の蕾もはっきりと確認でき、やがて香ばしい香りを届けてくれるだろう。
冬とはいえ、いやしてくれるものが身の辺りにあるということはありがたいことである。

気性荒い天気

夕時雨過ぎて夕星かはりなく

県内ではゲリラ的な雨や雹がふったようだ。

当地も、凄まじい音とともに大量の雨が道路を叩く。
二度ほど時雨が過ぎたようだが、夕方の激しい雨が去ったらたちまち西のほうから晴れてきて星が見られる。
ただ南東方面は黒い雲がおおって、ときおり遠くに稲光がする。
気性の激しい天気である。

腰痛始まる

初冬や身には厚くて赤いもの

ふだんは滅多にかぶらない赤いもの、キャップをかぶった。

赤は黒並みに光を吸収する色だし、そのうえちょっと生地が厚いので夏の暑い間はかぶる気がしないが、冬の地味な色合いのなかで幾らかは暖かく感じるかもしれない、いわば私にとっての冬帽子なのである。
この二三日腰の具合がよくなくて、今朝はコルセットを巻いたのでそれを隠すべくフリースジャケットをすっぽり羽織ったから、気が少しでも晴れることも願って。