投票日和

雲吐いて春月吐いて神の山

午後九時をすぎて町が静かになった。

なにしろ小さな町に選挙カーが17台も行き来するのだから、そのひっきりなしの往来ときたら。
空を見上げれば、昨日よりはいくぶん春らしい月。色もやや黄味がかって、滲みも少し。
雨が近づけば湿度もあがって潤むような月が期待できるのだが。
明日は雨の心配もなく投票日和と言えそうだ。

春満月

神将のししむら踏める春の闇

ものうい春でもある。

まして今日は平成最後の満月だというのに、こう雲厚くては期待できない。
月が出れば「春の月」一句詠みたいところだが。

雲間にも出よ望なる春の月

家づくり

つばくらめ更地の泥を集めんと

古い家並みの一画が更地になった。

新しい家が建つ気配もないところ、雨でぬかるんだあたりに燕が近づいた。
着地こそしないが、せわしく羽ばたきしながら泥の様子をうかがっている。どうやら巣作りが始まったらしい。
あたりは昔ながらの家が多く、巣作りにも適しそうな家がごろごろある。
さて、どこの軒裏に狙いを定めたのであろうか。

古典人気

聴講の万葉集に春惜む

雨催いのなか飛鳥へ。

今日は万葉文化館研究員による「万葉集を読む」講座聴講が目的である。

引っ越して8年たつのにこのような講座があることを知ったのは、先日の飛鳥一人吟行のときである。
毎月第三水曜日午後に開かれてきて、今年で10年近くになるという。これは聞かずにおられない。さっそく年度1回目の現地にかけつけたわけである。
今年度は巻五864番歌から906番歌まで。一回当たり数歌という非常にゆっくりとしたペースで進むので、このペースで行くと生きている間にとても最後まで行き着かないのであるが、体と頭が大丈夫なうちは出席しようと決めた。
行ってみて驚いたことに、改元効果というのか万葉集への関心が高まったようで、いつもの倍くらい集まったということだ。
奇しくも、「令和」の典拠となった「巻五 梅花の歌三十二首の序」の部分は今年1月に終わったばかりで、今日はその梅花の宴を文によって知った吉田宜(きつたのよろし)が旅人に宛てた書簡の回であった。
平日だからほとんどがシニア。あらためてシニアの古典人気の高さを垣間見ることとなった。

色使い

頬白の胸美しや桃の花

冬鳥がすっかり姿を消していつもの散歩も寂しくなった。

だが、留鳥は健在で今日もたくさんの小鳥を目撃することができた。
出色はもちろん鶯でその数の多いこと。行くところ必ず鳴いていて、とくに今日は高い枝のうえから降りかかってくるのもいくつかある珍しい日であった。
花桃のフィールドではホオジロ君を発見。双眼鏡は携帯しなかったのであるが、羽根模様は肉眼でもくっきり分かる。地味な色使いではあるが、配色が絶妙なのである。華やかな桃に比べれば地味であるが、枝にチョロチョロ見え隠れする姿も捨てたものではない。

ストレスフリー

豪邸に似合ふ犬ゐる花の庭

数百メートルの當麻参道には立派なお屋敷が居並ぶ。

門から7、80メートルくらい入ったところの邸宅などは、道路からやや上り気味になっているのでちょっとしたお城にも見えてくる。
おりしも、庭の大きな桜が満開を誇っているときで、こんな家で飼われるとこうなると言わんばかりの鷹揚とした大型犬も見える。
たいしたものよと感心もするが、わが家の猫どももまあまあストレス少なく転がってるので良しとしなければなるまい。

當麻寺吟行

雨兆す風に落花のしきりなる

當麻寺吟行の日。

ちょうど練供養の日に当たり、花も期待できるとあって楽しみにしていたが、予報では昼頃より雨。
10時頃山門に着く頃には急に風が変わって、いよいよ雨催いの空である。
仁王門の桜が一陣のつむじ風に巻き上げられて落花おびただしい花吹雪となる。
雨兆す風と落花と。これは句になるに違ないのだが、いまひとつ物足りない。とくに下五が平凡に過ぎるのである。

その答が出句のなかにあった。

雨を呼ぶ落花の風となりにけり

完全に脱帽である。
案の定、主宰の特選となった。