気を揉む

羽づくろひときどき潜き浮寝かな

今日は珍しいカイツブリを見た。

いつもの池にいるのは小型だが、今日のは鴨並の大きさで羽の色も首から胸、腹にかけて白っぽい。
鳥撮りのひとに尋ねると、カンムリカイツブリだと言う。
寝ているようでいて、ときどき羽繕いしたりしてはまた眠る、かと思うとちょっと潜ったりして、いまは一体何に没頭しているのやらよく分からない。
毎年やって来る水鳥もほぼ出揃って、あとは陸上の冬鳥たちの到来を待つばかりである。双眼鏡をもって散歩するにしても、まだ活躍の機会は少ない。早く来てくれないかと気を揉む毎日である。

おそまきの秋

傷つきし柚子のえくぼを愛しけり
柚子の香をあばたもともに愛しけり
棘とあばたとそれも愛してゆず香かな

まだ棘が残っていた。

枝がまだ若くて伸び盛りの頃、棘もまた成長中のものは柔らかいので見つけては伐っていたのであるが。
今日あたり、色もすっかり整っていい時分だからと手を伸ばすと、その固く成熟した棘の残党にうっかり触れてしまったのだ。
而して、痛みの代償としていくばくかの果実を得たのであるが、今年は数が少ない分一個の大きさも形も花柚子としては上出来のようである。
皮が痛んだものは風呂、殘りはジャムになるだろう。
柚子湯は冬,柚子単独では秋の季語だが、色形ともに美しいのは今ごろである。
林檎、洋梨、そして珍しい冬の梨と、各地からの到来ものに囲まれてデザートのゆたかな今こそわが家の最高の秋なのである。

歯は抜かずに治す

抜歯して逢わねばならぬマスクかな

昔は前歯が欠けたまま平気な年寄りを見かけたものだ。

現代にさすがにそういう人はみないのは、予防対策の普及やら医療の進歩による効果なんだろう。
ただ、歯というのは大変微妙なもので、ちょっとでも歯がかけたり、抜いたりして、それまでのそれなりのバランスがとれたりしていたものを崩すようなことをすると、それが他の歯にたちまち影響を及ぼして、まるで玉突きのようにあちこちおかしくなるところがある。
それが、また歯の問題だけではなくて、他の臓器や部位に飛び火してしまうようなことが多い。
やたら、歯を抜くのを勧める歯医者は注意した方がいい。できるだけ抜かないで対処する処置を考えてくれる医者をさがしたほうがいい。
身近に親知らずを抜かれたがためにすっかり体調を崩したものがいるので、よけいにそう思う。

すくっても掬っても

凩の天下御免の大路かな

信号待ちをしていると突風が吹いて落葉がからから鳴りながら横断歩道を飛んでゆく。

奈良公園一帯には高い木が多く、頭上高くから長い軌道をひいて落葉が降ってくる。
これが道路を越えて向かいの敷地にまで達したり、達しなくても塀際に落葉溜まりをつくる。毎日毎日落葉を掻く日課はさぞ大変だと思うが、広大な敷地を持て余した屋敷だけは落ち葉の嵩をまして側溝はもちろん道路までも覆っている。
園丁さんは落葉をこまめにすくっては袋に入れ、風の仕業に手を焼いているようだ。

紙情報

そぼたるる夕刊受くる冬の雨

天気が悪くても新聞が濡れて届くことがなくなった。

配る前の一手間かけたビニールのおかげである。
と言っても配達する人にとっては、この手間がふえることは大変だろうし、まして冬の雨となればちぢこまった体で滑りやすい路面を注意深く走り、一軒一軒配ってまわるのも難儀であろう。
最近はインターネットの普及などもあって、新聞を読まなくなった人が増えているという。
新聞を読まない層が自党の支持層であると放言する与党幹部もいて、たしかに数年にわたる巧妙な印象操作作戦がここかしこに仕掛けられているのは間違いなかろう。ネットというのはご親切にも見たい記事ばかり推薦してくれる仕掛けになってるようで、これがいいか悪いか、得る情報には偏りが生じがちである。
心に余裕をもって紙面を開けば、いろんな分野の思いもかけない記事に啓発、触発されることも多く、偏りがちな思考にいい刺激となってくれるものだ。
なんでもかでもペーパーレス、キャッシュレスの時代だが、とりわけ紙情報はなくしてはならない貴重な情報資源である。各紙も本来の社会の木鐸となるべく、努力を惜しまないでほしいと願う。

眠る

育苗にあてる辺りを冬耕す

駅からの近道は田んぼのそばを通る径。

さすがに夜は真っ暗で通るわけにはいかないが、ここを通るたびに近辺の田仕事の時節を教えてくれる場所である。
先日通りかかったら、田の隅だけに畔が切られて耕してある。そのほかの拾い部分はいまだ穭が青々としたまま残されたままだ。
おそい大和の播種だが、苗床だけは早々とその準備が整っているわけである。
これから半年近くの間、盆地の田んぼは長い休みに入るのである。

買物弱者

お総菜物色をするマスクかな

家人のスーパーにつき合うのは苦手だ。

とくに、いけないのが鮮魚、肉、乳製品など要冷蔵品売場である。これでもかと低温をきかせるので、近づくだけでもう悪寒を覚えそうになってできるならその前には立ちたくはない。
夏でさえそうなのだから、冬ともなるともっとひどい。
荷物ならいくらでも引き受けるから、どうか早く済ませくれと願うばかりである。
このあたりは、スーパーも遠く車無しではやっていけないが、足のない人は電車にたよるしかなく、夕食のおかずが足りないからとちょいとそこまで下駄履きでというわけにはいかない。
今日もまたお年寄り一人がスーパーの袋をいくつも抱えて電車に乗ってきた。