「連絡船の唄」

御年を羞じらひもして生身魂
往年の喉を鍛えて生身魂

テレビを見ていたら、往年の名歌手が生出演していた。

御年92歳と紹介されて、恥ずかしそうにはにかむ姿にひととき心が和む。
今でも毎日発声練習されているとかで、あの菅原節を久しぶりに聞いた。
雀百まで踊り忘れずというが、歌い続けることで心身の健康を保ってこられたのには見習うところがあるかも知れない。

冷涼とまで

とうすみの灯りにうかむ夜の底

夜の庭に、はかなげに蜻蛉がゆらめいている。

「とうすみ」とは「とうすみとんぼ」のことで、行灯のひも状の芯(とうすみ)に似ているので、灯心蜻蛉(とうしんとんぼ)とも呼ばれる。いわゆる、「いととんぼ」のことである。
夏の季語であるが、どちらかというと晩夏、初秋のイメージが強い。
急に寒いほどの夜、高くは飛べず地の底を這うような感じで、灯りに吸い寄せられるようにふらふらとやってきたようだった。
先日の吉野の句会場では、精霊蜻蛉が群れ飛んでいたし、空気は完全に秋だ。

盆明け

かなかなは遠し家々黒き影

夕刻、遠くに蜩を聞いた。

気がつけば、もうとっぷりと暮れており、脊山も家々のシルエットも黒々としている。
どの家にも灯りがついて、盆休みの終わった家々に灯りが戻った。
秋を実感した瞬間だ。

8月15日

梵鐘の銘を目で追ふ敗戦忌
戦死者を刻す鐘鳴る敗戦忌

戦後に鋳造された梵鐘は多い。

なかには、はっきりと戦死者の名を刻んで、さきの戦争に散った若者たちのために作られたものもある。
ひとつの村で梵鐘の半面をおおうほどの戦死者の名があるということは、村の大半の若者が犠牲になったということである。
家人の実家の墓で見た七基の従兄弟同士の規模をはるかに上回るものである。
理由もなく自国の優位性をひたすら信奉し、何やら勇ましい発言があちこちで聞かれる昨今、かつてそういう言動をとった人たちに限って戦後もちゃっかり、しかものうのうと生き延びた人が多いことを忘れてはならない。

甲子園

サイレンの尾や少年の夏果つる

今年は100回記念とかでチーム数、試合数が多い。

まだ二回戦だがいくつものチームが消えた。
試合終了のサイレンの尾が引いて、負けた球児たちの夏が涙とともに終わるのはいつもの光景。
優勝するためにはいつもの年より多く勝たなければならないだろうが、猛暑のなかでの連戦が続けば疲労の度はますますつのる。これまでにも、何人もの選手が足をつったりする場面が見られた。
体調を整えながら勝ち進むのも、チームの実力のひとつ。暑さに負けないで最後まで悔いのない戦いを祈るのみだ。

公共サービス

当番を代わつてやりぬ盆初日

近所からワンボックスカーが一斉に消えた。

地元出身もなかばいて通常と変わらない家もあるようだが、九州や中国の実家に帰省しているとみられる家も多い。
今月ゴミ当番のお隣さんも、孫の顔をみせるべく帰省したので、何も予定のない爺婆の家がその間の代役を引き受けた。
今日の月曜日が生ゴミ収集の日で、暑くならないうちにと収集車のチャイム音が遠ざかるのを待って後片付けにかけつけた。
帰省のせいかどうか、ゴミの量もいつもの月曜よりいくぶん少ない。
みんなが夏休みに入る時期でも、休みなしで公共サービスが受けられるのはありがたいことだ。

水があるから

百選の水も土産に新豆腐

どの家にも百選の山の水を引いている。

戸口の蛇口、おそらく打ち水用だと思われるが、にも水があふれるほど兎に角水が豊富なのである。
道路をはさんで行者宿が並ぶなかにあって、豆腐店が何軒かある。
水いいところに豆腐有りである。
もちろん陀羅尼助丸も特産。